「ぐうの音もでない」の意味は?語源を知ると驚くべき謎が明らかに!
2019.09.06 2016.04.26
「ぐうのね(音)もでない」の意味を知っていますか?
日本語は言葉の数が非常に多いのでなんとなく使っているものも多いと思います。
「ぐうのねもでない」は「一言も反論や弁解ができない」という意味ですが、実は語源には・・・
「ぐうの音もでない」の意味と語源を検証します!
「ぐうのね(音)もでない」の意味は、「一言も反論や弁解ができない」「徹底的にやり込められて、一言も反論できない」です。
「ぐう」の語源は、「呼吸がつまった時に発する声」とされています。
それがもう少し大きく解釈されると、「苦しい時に出す声」という意味も含まれています。
日本語には、擬態語(ぎたいご)などと言われる音をあらわす言葉が数多くあります。
「ぐう」は呼吸に関する人間の状態をあらわしているので、「擬声語」の分類になるのですが、人の心理をあらわす「擬情語」とも言えるでしょう。
「ぐうのねもでない」が使われている文学作品はあるの?
日本語の使用されている地域でもある日本列島は、記録に残る限り代々同じ国家元首というのは、世界的に見ても大変珍しいのです。
つまり日本語は長きに渡って使用されてきた言語で、今から1000年程前の文献に出てくる単語の中には、現代でも同じように使われていたりしますから驚きです。
「ぐうのねもでない」に関しても、1000年前とまではいかずとも100年以上前の文学作品からも拾うことができて、歴史がある表現であることがわかりました。
「ぐうのね(音)もでない」が使われた有名な文学作品
尾崎紅葉『多情多恨』(1896年)
「びしびし(※注釈)言捲られて、ぐうの音も出なかった」
※注釈:「びしびし」は「牛」が「品」のように3つ重なる漢字が2個連なっている)
夏目漱石『三四郎』(1908年)
「三四郎はぐうの音も出なかった」
なんと今から100年以上前の1800年代後半から使われていることが、文学作品からもうかがえる言葉なのです。
明治時代の日本人も、現代社会のストレスとはまた違った「ぐうのねがでない」ことを体験していたのでしょうね^^;;;
(猫も逃げるほどの「ぐうのね」感・・・なんとなく夏目漱石さんの有名な別作品と掛けてみました・・・)
とっさの英語でも表現してみるとどうなるの?
豆知識として、日本語の独特の言い回しの表現を英語で言うならどうなるのか調べてみると、英文がかなり長くなる傾向があります。
「ぐうのねもでない」に関していえば、
Not knowing what to say by way of excuse
直訳:弁明の方法を何て言っていいかわからない
(Weblio英和・和英辞典より抜粋)
このように、日本語から英語にして、それをまた日本語にしようとすると直訳では「ぐうのねもでない」にはなりづらい訳し方になるときもあります。
※インターネットで上記の英文を検索窓に入れて、日本語に訳そうとすると、慣用表現として「ぐうのねもでない」と出るには出ます。
ですが、覚えやすいようにもっと短い英単語がありました♪
それは、
Lost of words
直訳:言葉を失う
(Weblio英和・和英辞典より抜粋)
これなら、とっさに英語で言いたい時には比較的覚えやすくて使いやすいと思います。
英語には「ぐう」に相当する直訳できる一単語がなくて、しいて言うなら、
The sound of being choked
直訳:息が詰まる音
となり、先程の「Not knowing what to say by way of excuse」の中には入らないのが、日本語と英語の違いという点で面白いと言えるでしょう。
まとめ
- 「ぐうのね(音)もでない」の意味は、「一言も反論や弁解ができない」「徹底的にやり込められて、一言も反論できない」
- 19世紀後半の明治時代の文学作品の中でも使われている日本語表現
- 英語で言ってみると「Not knowing what to say by way of excuse」になる
あとがき
ぐうのねも出ない・・・
聞いてわかる言葉だけど、あまり使うことはないかな、という感じの方が多いと思います。
こうして語源を探ってみると「へ〜」とトリビア的な知識として面白いのではないでしょうか^ – ^
もう一つですね、「ぐう」にまつわる話に徳川家康という、また古〜い歴史に関する説もあります。
どういうことかというと、それは日光東照宮の「宮(ぐう)」だということ。
徳川家康といえば、どんな歴史嫌いな人でも知っている人物ですよね。
世界的に見ても、その時代において、家康に肩を並べるものはいない、と考える人は多いでしょう。
つまり、それくらい偉大すぎるので「ぐうのねもでない」のですね。
もしかしら、お腹がすいて「ぐう〜」となる、という「ぐう」もある?と筆者はとっさに思いつきましたが、どうでしょう???
あなたの「ぐう」にはどのようなものがありますか?
言葉について書くようになってから、「これって、どういう意味?」、「なんでこんな言い方?」などと、周りから尋ねられることが増えました。そして皆、最後は「調べといて」と一言を残して去っていきます。ありがたい反面、何かと大変です。調べれば調べるほど、「ことば」は難しいし面白いと感じています。
さて、今回は「ぐうの音」。「グウノネ」? これって、何でしょう。よく「ぐうの音も出ない」という言い回しで使われます。意味は「詰問されて、一言も返すことばがなく、閉口することにいう。」(『広辞苑 第七版』/岩波書店)
では、「ぐうの“音”」って、どんな音なのでしょうか?
前出の広辞苑、「ぐう」の項目には、「空腹時に腹の中のガスが移動してたてる音。『-とお腹が鳴る』」とあります。この「ぐう」は、お腹が空いて鳴る、あの音を示しているようです。
一方、擬音語や擬態語の辞書『日本語オノマトペ辞典』(小学館)には、「ぐー」の項目の2番目に、「呼吸がつまったり、ものがのどにつかえたりして、苦しいときに発する声。苦しい状況に追いこまれたさま。『ぐうの音も出ない』(=辛らつに言われて、一言も反論できないこと。また、声も出なくなるほど、たたきのめされること)」と書かれています。
『明鏡国語辞典 第三版』(大修館書店)には「ぐうの音も出ない」の項目で、「一言も反論できない。『ぐう』は息が詰まったときなどに発する声」と載っています。
これらを総合すると、ドラマや映画などで答えに困った時などに、よく「うっ…」と息をのむ、台詞のような動きのような表現方法がありますが、まさにああいう「声のようなもの」をぐうの“音”だと言うことができそうです。
それにしても、最初にこれを説明した人の感性はすばらしいですね。日本語にはこうした言葉だけでなく、「擬音・擬態」の表現もたくさんあります。改めて本当に奥の深い言語だと実感しました。
言葉は時代とともに、その意味も使い方も変化します。「ことばコトバ」では、こうした言葉の楽しさを紹介していきます。
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